大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和25年(れ)1249号 判決

本籍

東京都中央区銀座二丁目二番地

住居

神奈川県中郡大磯町西小磯七二九番地

休職官吏

岸田勉

当三七年

本籍

東京都豊島区高松町二丁目二四番地

住居

東京都立川市高松町二丁目一五八番地

休職官吏

原田稔

当三二年

本籍並住居

川崎市日ノ出町二五番地

会社々長

輿石友春

当四二年

右岸田、原田に対する収賄、輿石に対する贈賄各被告事件について昭和二五年三月二九日東京高等裁判所の言渡した判決に対し各被告人から上告の申立があつたので当裁判所は刑訴施行法二条に従い次のとおり判決する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人岸田勉の弁護人臼杵祥三の上告趣意第一点について、

原判決は所論川崎油化工業株式会社のためにする判示行為に関し被告人輿石友春等が被告人岸田勉等に判示の如く賄賂を提供し、被告人岸田勉等においてその情を知り乍らこれを収受した事実を確定判示しているのであつて、所論のように大和企業株式会社のためにする行為に関し同会社が判示の如く贈賄をしたことは認定したものでないことは判文上極めて明かである。そして原判決の判示は贈収賄罪の判示として欠くるところなく、しかもその認定事実はその挙示する証拠を綜合してこれを肯認するに足りるのである。されば原判決には何ら所論の如き違法はなく論旨は理由がない。

同第二点について。

賄賂が何人の犠牲又は出捐においてなされるかは何ら賄賂罪の成立に消長を及ぼすものではない。従つて仮りに所論のように本件贈賄の金品の交付又は饗応が所論大和企業株式会社の損失においてなされたとしても(原判決は左様な事実まで認定していない)その損失に対して川崎油化工業株式会社が之を補填したか否か及び補填するの意思があつたか否か等の事実は本件賄賂罪の成否には全く関係のない事柄である。従つて原判決がかかる事実についてまで証拠に基く判断を示さなかつたことは当然であつて原判決には何ら所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

被告人原田稔弁護人宮崎直二の上告趣意第一、二点について、

原判決は被告人原田稔が昭和二一年四月商工事務官(三級)に任命され、本件犯行当時商工省化学局化政課勤務を命ぜられていたものであることを認定しており、この認定はその挙示する証拠によつて肯認することができる。そして明治二六年勅令第一六六号「各省官制通則」第一三条一項に基く昭和二二年六月一九日附商工大臣の省中一般達「商工省分課規程」第二五条によれば、本件犯行当時商工省化学局化政課においては、一、局内の綜合事務に関する事項、二、ソーダ灰、苛性ソーダ及塩素製品に関する事項、三、無機薬品に関する事項(以下四乃至八の事項省略)等を管掌すべき旨規定されていたのであるから、(右分課規程第二五条は昭和二三年三月三日以降改正せられ化政課においては、一、局内の綜合事務に関する事項、二、ソーダ及びその誘導品に関する事項、四、無機薬及び試薬に関する事項等を管掌することに定められた)被告人原田稔は右化政課に勤務する商工事務官として同課の所掌事項につき、法令上、之を処理すべき一般職務の権限を有していたものと解するを相当とする(昭和二二年法律第六九号行政官庁法第八条、昭和二一年勅令第一八九号各庁職員通則第二条)。而して硫化ソーダ製造の原料たる所論苛性ソーダ等の割当事務は前記分課規程第二五条第二号に、又所論含アルミナ苛性ソーダ溶液の出荷依頼書の発行事務は同条第三号(改正後は第四号)に該当するものと認められるから、(右溶液については証人高坂正雄の供述参照)同被告人は前記一般的職務権限に基き上官の命を承けてこれらの事務を処理し得べき地位にあつた訳である。ただ、当時の実情を見ると同課の事務分担一覧表(記録一六八丁以下)に明かな如く右化政課は内部的事務分配により局長附、技術室及びソーダ班外数班に分れていたのであつて、前記苛性ソーダ等の割当事務については右ソーダ班において被告人岸田勉が責任担当官としてこれを処理し、前記溶液の出荷依頼書の発行事務は同じくソーダ班において同班庶務の補佐官を命ぜられていた被告人原田稔が臨時的にこれを担当していたものであることは所論のとおりである。しかし右事務分担一覧表の如きは、ただ、便宜に従い化政課の内部における事務分配の標準を定めたものにすぎないことであつて、被告人原田稔が同課に勤務する商工事務官として法令上有する前記職務権限を何ら制限するものではないから、同被告人が当時たとえ、前記苛性ソーダ等の割当事務を現実に自ら担当していなかつたとしても、又前記溶液の出荷依頼書の発行事務については一時臨時的に担当したにすぎないものであつたとしても、それは同被告人がその職務権限に基き上官の命を承けてこれらの事務を処理し得べき地位に消長を及ぼすべきものではない。従つて被告人原田稔が所論の各事務について原判示の如く金員の供与又は饗応を受けるにおいては、それは同被告人の法令上の職務に関するものとして収賄罪を構成するものと云わなければならない。されば原判決が判示事実を認定して同被告人を収賄罪に問擬したことは相当である。論旨は職務に基く事務と雖も現実に担当していない事項及び既に担当を終つた臨時的な事項に関しては収賄罪が成立しないという独自の見解に立つて原判決の擬律錯誤を主張するものであつて採用することができない。なお原判決は判示収賄行為が被告人原田稔の職務に関するものであることを判示しており(職務に関する所以まで判示することは法律上要求されていない)、原判決の判示事実はその挙示の証拠によつてこれを認めるに十分であるから、原判決には所論の如き理由不備等の違法はない。従つて論旨は理由がない。

同第三点について、

被告人原田稔が商工省化学局化政課の所掌事項について、法令上、一般的な職務権限を有していたこと及び、同被告人が担当していた所論含アルミ苛性ソーダ溶液の出荷依頼書の発行事務が、同被告人の右職務権限に基く行為と認めるべきであることは、前段に説示したとおりである。従つて、右発行事務は論旨設例の如き文部省職員がその一般的職務権限を離れた行為をした場合と同一に論ずべきものではない。而して、右溶液に関して商工省当局が商工省化学局長の名を以て、所論の如く出荷差止、割当及び出荷指示等の行政措置を行つたことの当否は暫く措くも、右措置が何ら法律上の強制力を伴うものでなかつたことは原判決の証拠説明に徴して明かであるから、右措置を目して所論の如く個人の所有権を制限する物資統制の措置であると即断することはできないばかりでなく、この事実上の行政措置を前提とする所論出荷依頼書の発行がたとえ違法のものであると仮定しても、被告人原田稔の担当した右依頼書の発行事務が、同被告人の前記の如き一般的職務権限に基く行為たることに消長を来たすものではない。従つて、同被告人が右発行事務に対して原判示の如く金員を収受し或は饗応を受けた以上、それは同被告人の職務に関するものとして収賄罪を構成するものと云わなければならない。蓋し公務員がその一般的職務権限内の事項に関する行為につき原判示の如く違法な報酬を収受した以上、右行為が正当のものたると不正違法のものたるとを問わず収賄罪が成立するものと解すを相当とするからである。されば、所論発行事務を以て法律に根拠なき行為即ち被告人原田稔の職務権限外の行為なりとなし、原判決の擬律錯誤を主張する論旨は当らない。なお原判決は本件収賄行為が被告人原田稔の職務に関するものであることを判示している以上、所論の如き理由不備の違法もない。従つて論旨は理由がない。

被告人輿石友春の弁護人沢誠二、同遊田多聞の上告趣意第一点について、

被告人原田稔の担当した所論含アルミナ苛性ソーダ溶液の出荷依頼書の発行事務が、同被告人の一般的職務権限に属する行為であることは宮崎弁護人の上告趣意について説示したとおりである。そして、商工省が右溶液を統制するために為した出荷指示が所論のごとく法律上の根拠なき単なる行政措置に過ぎないものであるとしてもかかる行政行為は裁判上これが無効又は取消の宣言のない以上当然無効であるといえないこと多言を要しないから、その無効を前提として被告人の職務権限が無効又は不存在であるとの所論も是認することができない。従つて、原判決が被告人輿石友春の判示行為を贈賄罪に問擬したことは相当であつて、論旨は理由がない。

しかし、前論旨で説明したとおり含アルミナ苛性ソーダ溶液が重要化学薬品であるか否かについては本件贈収賄罪の成否に関し判断すべき事項とは認められないから、本論旨は採用できない。

よつて旧刑訴四四六条によつて主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

検察官 安平政吉関与

(裁判長裁判官 沢田竹治郎 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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